詩人の家 山吹草太作品倉庫
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WEB詩人ではないので気まぐれ更新です。

旅立つ祖母の詩
99歳で祖母は死んだ
長い旅の果てに
またどこかへ旅立つ
この世からあの世へ
終わることのない旅路の続き
沢山の友を見送った祖母の
その葬儀に友はいない
全員が世話になった人間ばかり
誰もがありがとうとしか言えない
涙のない別れの時
故郷を遠く離れて暮らす僕も
疎遠になった友と再会して
短い台詞で会話する
故郷は寂れ果て
友も仕事がないと言う
短い台詞に長い沈黙を纏って
過ぎた年月になぜか詫びた
仕事がない友の差し出す香典袋
その心遣いに
ひねくれた僕の心が折れる
仕事もない友の差し出す友情に
詫びる言葉もないまま佇む
99歳で死んだ祖母が
温かな故郷を教えてくれた日
僕は新しい旅の支度をした

冬のモンサンミッシェル
真冬の修道院
天まで伸びたその先端に
聖ミカエルは
剣を振りかざし立っている
冬のモンサンミッシェルには
この世の汚れを覆い隠すような
真っ白な雪が降り
果てしのない干潟の海に解けてゆく
そしてその旅の先端には
僕が立っている
剣も持たずに
ただ立っている
千年の時を数えてみるには
人の人生はあまりに短すぎる
旅の始まりでもなく
旅の終わりでもなく
ただ果てしのない干潟が続いている
ムール貝は黙ったまま
今日も寄り添って暮らしているだろうか
それとも旅に焦がれて
海中の死を夢見ているだろうか
冬のモンサンミッシェルに雪が降る
縦でも横でもなく
ただ静かに降っている
天使の涙は雨ではなく雪
孤独に佇む聖ミカエルの山

花売りの少年
アジアの片隅の路上を
僕を乗せたタクシーが走る
赤信号で止まったそのタクシーに
にこども達は一斉に駆け寄ってくる
その手には花を持って
後部座席のガラスを叩いて
その少年は花を掲げた
やけに黒くて大きな瞳に
僕は思わず顔を背ける
閉じたままのガラス越しに
少年は「花を買って」と叫んでいる
いや多分そうだと思うだけで
言葉はまるで分からない
やがて信号が青になり
タクシーはまた走り出す
走り出せないあの少年の暮らしを引き摺って
僕は走り出す
いつか神様を信じるかと問われたことがある
その問が頭の中でまた響いた
疾走するタクシーの窓越しに焼き付いた
あの少年の黒くて大きな瞳
悲しく微笑んだ口元に詫びながら
「神様は留守なのだと」呟いた
タクシーを降りて
行くあてもなく市場の雑踏の中を歩いた
色とりどりの美しいシルクの服が
風に吹かれて揺れていた
僕はこのアジアの片隅に
どこかへ出掛けてしまった神様を探していた
あの少年から花を買えば
僕はあの少年を忘れてしまったかも知れない
かりそめの施しでその場をつくろうより
痛みを抱えた友のために
そのことを伝えるひとりになりたかった
いつの日かあの少年に会いに行きたい
売り物ではない
花を抱えて

いのちの作法
たとえば私が
誰かと違っていたとしても
愛してくれるあなたがいる幸せ
たとえばあなたが
誰かと違っていたとしても
愛することが出来る私の幸せ
年老いた母は
もう箸さえ自分で持てない
私に「ごめんね」と言って遠くを見ている
私は母の口元にお粥をはこぶ
いつだったか
あなたが私にそうしてくれたように
年老いた父は
もうひとりでは立ち上がれない
私に「ありがとう」と呟いて頭をさげた
私は父の細くなった腕を抱える
幼い日に
あなたが私にそうしてくれたように
たとえば私が
ひとりぼっちで泣いているときも
励ましてくれるあなたがいる幸せ
たとえばあなたが
私を忘れてしまったとしても
あなたを覚えている私の幸せ
あなたは少しだけ弱く生まれてきたけれど
あなたが生まれた日
私はどんなに嬉しかっただろう
家族も友人もみんなが笑っていたあの日
私が少し弱気になっているとき
無邪気に微笑むあなたこそが私の宝物
あなたの友人として
あなたと共に今日を生きる
私はあなたの手がとても温かいことを知っている
私の手はあなたの手の上に
あなたの手は私の手の上に
心は同じベンチの日だまりの中で遊んでいる
たとえば私が
生きる意味を見失ったときにも
希望に満ちたこの場所がある幸せ
たとえばあなたが
傷ついた心で世間に背を向けても
黙って微笑む家族がいる幸せ
家族も友人も学校も信じられず
希望の光を見失ってしまった私に
あなたは「いつでも帰っておいで」と言ってくれた
あなたのいる小さな村の夏
水辺で笑いあった大切な仲間たち
もうひとつの家族が教えてくれた「ありがとう」という言葉
心を閉ざしたまま迎える食卓
精一杯の愛情が大きなお皿に盛られる頃
私はご飯を食べながら泣いた
何故か心の中の鎖がほどけていって
泪がテーブルの上に落ちた
温かな食卓が教えてくれたのは「ごめんなさい」という言葉
生きることに作法があるなら
私とあなたは同じということ
生きることに作法があるなら
どんな命もすべて愛おしいということ
あなたがいて
わたしがいて
共に生きること
それがいのちの作法

雨の日の午後
紫陽花の花も落ちてしまった
雨の日の午後
今にも死にそうな子猫を見ていた
もう彼には何も見えない
目やにだらけで塞がれてしまった瞼
頼りなく震える細い首に
少し大きめに見える頭がゆれている
生命の終り
何処にも親猫の姿は無い
ただ静かに大粒の雨が
風も無い午後の地上に降っている
その体にタオルを掛け
濡れた頭を撫でてやると
彼は震えながら立ち上がろうとした
いま生命が消えるその時に
子猫は己の足で立ち上がるのだ
猫が人の子を超える瞬間を見た
人の子はこの子猫ほどに強くない
人の子の僕には出勤時間が迫っていた
僕は立ち上がり歩き出す
生命の無い世界の果てに
そして思っていた
彼が天国で何処までも続く野原を駆け回る姿を
そして僕は雨の中を
振り向かずに歩いた

波打ち際
空はどこまでも青く
人生の波打ち際には
美しい白い貝殻と
屍が転がっている
あれは君の亡骸かい
多分違うね
それじゃあ僕の亡骸かい
多分それも違うはず
あれは君の白い骨かい
多分違うね
それじゃあ僕の白い骨かい
多分それも違うはず
あれは貝殻だよ
そうだあれは貝殻だ
誰かに漂白された
白い貝殻だ
亡骸は誰のかな
あれはね全員のだよ
全員の亡骸なんだね
そうだあれは打ち捨てられた夢
でも空は今日も青いね
そうさ真っ青だ
僕たち死んでいるのかな
そんなことにいま気がついたのかい
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